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4/14 大飯再稼働、橋下市長「民主政権倒すしかない」
(文中敬称略) ● うじうじと言い訳しても最後は初めからの予定通りの再稼働へ。 ● それならば初めから堂々と再稼働を言明すればいい。 政治家共は ● いつも政治は結果だとか結果責任だとか言ならば、これこそ躊躇わずに ● 責任が本当に取れる取れないの差はあるが、少なくとも国会議員としての ● 職を賭して決めればいい。余りにも議員でありたし歳費も、特権も、権益も ● 欲しいでは欲が深すぎる。議員の魂をカネと諸々の欲得で売り買いする ● 低劣な奴らに正義を問うても釈迦に説法だが、再稼働6人組はどうしても許せない。 こいつらに原発被害で亡くなった人々やいまも被災者として非難を強いられている方々にはどのように正対出来る野田。 とくに陰に隠れて裏でこそこそ動く確信犯の仙石38は最高の戦犯だ。 元の左翼崩れは反対の右官僚とくっ付くのは世の常だ。その意味で橋下が選挙で白黒をつけるのは当たり前だ。 つぎの選挙の民主のアラレモナイ惨敗は確信的な想定内だがこの6人の内、仙石38と野田と斉藤と藤村は排除の論理で再び国会の敷居を跨がせてはならない。 地元の民度が問われる諸悪の奸物・国賊だ。 ● 枝野イエローカード2枚目。細野はイエローカード1枚目。 ● http://www.new-life-club.com/bizdoor/ / 4/14 野田政権 発射の対応で痛手か (文中敬称略) 一体にこの政権はなんだ? もういつも検証、検証ばかりの後追い検証政権ではないか? もう2年半も経っていまだ素人の域を出ていない。そのくせ 自民のマネをしてもう先祖がえりが夥しい。 いまはあれほど野党の時には 勇まし追求したのが追われる立場になってもう検証の山の残骸だ。 宿題を中途半端にして片づけないから次月と先送りされたもので絡み合ってもうほつれた毛糸に似て解けない。 整理の出来ないガキのようで自縄自縛だ。 国民から失望の声仕切りの今回の防衛体制の不備は肝心要の官僚組織の規律の緩みと 司令塔の不在か齟齬だ。増税・再稼働の最中でのこの事態は政権の地力が備わっていないことを天下に知らしめた。 もうルーティンワークも満足に出来ていない。 政府の体を成していない。 民主はすでに党と政権自体がもう自分らの不人気とつぎの選挙の浮沈に怯えて浮き足立っている。 その意味では国民のためのサービスにも欠けてきた。 はやく選挙をした方がいい。 今回の北の暴挙の中で北が初めて失敗を認めた。 これは大きな変化だ。 日本は失敗を認めない。 増税の進め方の失敗、大震災と原発の対応の遅れと 再稼働の検証後の判断より事前稼働を優先する失敗・・・どうも日本の政治の硬直性は北並みかそれ以下だ。 はやくこの政権は下した方がいい。日々の行政サービスすら満足にできない認知症に陥っている。 4月14日 5時54分 ● PR |
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4/13 橋下市長に「価値観押しつけるな」 赤川次郎氏が朝日「声」欄で批判
(文中敬称略) これを押し付けと見る人は教職員にはならぬ方がいい。職業は好きで選べるのだから。 決まったことはやるかやらぬかの 二つに一つ。 やらぬと思う人はその体制と戦えばいい。 それも自由だ。 醜悪だいやそうでないは感情の問題でまた別だ。 要は前提にそれが義務条件なのだからいやならば選択する必要はない。 それを教職員になった人はやるかやらぬか好きにすればいいだけだ。 大した問題ではない。 みーんな大人なんだから。問題視するような 取り上げ方をするから問題になるだけのことだ。普通に考えれば済む事なのだ。 2012年4月12日(木)19時12分配信 J-CASTニュース ● http://www.new-life-club.com/bizdoor/ 4/13 北ミサイル、1分以上飛行し4個に分解…防衛省 (文中敬称略) ● 自前の技術に押し込められたら、きっちりと失敗という結果だ。 ● 民を踏みつけにした金王朝は三代目で凋落するロケットと同じ軌道を ● 辿るべし。 テレビに映るロケットの下で横合いのフタを開けて作業員が内部に手を突っ込んでいる映像はアメリカや日本の打ち上げ風景では考えらけない違和感に襲われる。 今回の失敗で責任者は労働刑務所行きなのだろうか? 中国もロシアも宇宙技術は北には封印しているのだろう。 親しき仲にも渡せない限界技術ということか? 日本の制裁もこんなところに効いているのかもしれない。 ● http://www.new-life-club.com/bizdoor/ 4/13 「口達者」橋下市長、議員に逆質問する権利要望 (文中敬称略) ●普通の感覚では議論は双方向でないのか? 相手の橋下が口達者で負けるから が逆質問を封じるというのは議会人としては情けない。 もちろんその人の資性にもよるものだろうが、そのことも含めて議論の質を向上させることはプロの議会人なら当たり前のことだ。 少数党でも論破できるというのは議会運営の当然のあるべき姿だ。 例えば野球であの投手は玉が速すぎるから打てない。そこで打ってはイカンといことではないか? それが仕事のプロの議会人は日々その技術も含めて口応えの腕も磨かなくては今様ではなかろう。 だからそのことでは文句をいうより切磋琢磨が要るのだ。 菅に任せて議論よりも裏工作の議論無視の談合が世界でも日本が際立っているのは、国際政治でも借りてきたネコ同様、殆どだんまりの愛想笑いでバカにされるのは昔も今も変わりない。 要は自分の職業としては道楽的な気分でいまだやっている人の泣き言と一蹴すればいい。 こんなのに高い歳費ゃ給与を 支払う程、もう国も地方も豊かではなくなっているのだ。 それときのう赤川という作家が橋下批判として、国家斉唱の際の口パクのチェックに言及したとしてそこまでやるんかいとの反論があったが、仔細には判らないが、教職員の質の低下は余りにも常識的に低いのが横行している。 たぶん現場的にはそんなことが多いのかもしれない。赤川も表面的な捉え方に気を取られないでそこまで踏み込んだ反論でないと前のめりで勢い込んだ反論はなにか教育現場を本当に知っての事かと疑いたくもなる。やはり折り目折り目をきっちりとつけていくことは人間として大切だ。 それが教育者とすれば尚更ではないか? あまり為にする橋下批判のための批判としてならば聞きづらいことだ。 橋下はふつうにみてもそんな特異な人間ではない。 正義感がつよいのだ。 だから黙ってみすごすことが出来ない。 それを口達者な干渉しすぎだというのは行き過ぎだ。 いま日本の政治家の中で少なくとも10指には入るであろう優れた若者政治家であるとわたしは思う。 出る杭は打たれても打たれ強い橋下にはいまの液状化した国と地方の乱れた政治行政を糺したく思う、その気持ちこそは汲んでやらないと立つ瀬がないといえよう。 とにかく芯は不正を憎む御仁であることは確かだ。 みんなで応援してやればこそで、引きずりおろす人物には程遠い久方ぶりの政治天才である。 毀誉褒貶は世のつきものだが大阪が生んだ大切な財産でいまのところこれに代わり得る人材はまた100年後でないと出現しないと本当にわたしは思う。 買いかぶりと言われてもそれは結構である。 (2012年4月12日22時54分 読売新聞) http://www.new-life-club.com/bizdoor/ |
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4/11 亀井前代表「民主から40、50人出てくる」
(文中敬称略) ● これもすべては検察審査会の小沢判決ではっきり分かる。 まずは労組系でない小沢派であるはずだ。 もし無罪となればもっと増えることもあり得る。 民主は今回の政権交代で見えたことは偽りの寄り合い所帯だったことだ。 リベラル国民政党の偽りの傘の下には同床異夢の集団が紛れ込んでいた。 まあ古い社会党・民社の流れを受け継ぐ労組上がりがその職業専門的な経験を積んで民主組織内で いまだに古い手法で息をひそめて生きていた。 それの縮図は大阪市にきわめて同心円的に縮小図が見えた。 とくに先行きの展望がないのにあるやに見せた紛いの姿がバレバレになったことだ。 彼らにとっては先の展望よりも労働者の体制利益の擁護が最優先であったことだけで、それ以外の国民は別なのだ。 こだからこうあるべきという党の綱領は彼らには別物だ。 むしろその一連の労組組織の擁護こそが最終の目的だ。 それは裏返せば組織擁護の一点の下に自己保護と自己増殖機能を最終とする官僚組織とまったく同じなのだ。 それゆえ民主が政府行政官僚組織と違和感なく建前だけは別組織であっても同化するのは極めて自然であったことだ。 それゆえ組織外の有権者にとってはせっかくの政権交代の期待が全然反映されずに 違和感と失望を禁じ得ないのは、もともと多くの国民に取れば民主党のというよりは 労組を代弁した派遣議員集団がリベラル政党のあしらいの隠れ蓑をつけて国民を欺いたのがいまの姿でその無残なバレバレの帰結があからさまになったということだ。 国民はここでも大阪市と同じく国政での見方を大いに遅まきながら学習したのである。 こんな見違い、騙しはこれからもっと多くの場面であばかれてゆくことだろう。 電力もいまこの大震災と原発大事故によって普通ではなかなか見えなかった体の内部がエコーで明らかになったような具合で国民の前にそのひどい内臓構造が露呈した。 これからは今までのようには済まないのは当然だ。 これはようやくITによる全世界的な情報の自由化とスピードアップが多大の貢献をしたからだ。 大衆は縦横斜めから情報の正しい位置と軸の正確さを自らが手に入れることが可能になりそれが同時的にほかの大衆にも瞬時に伝播することを身に着けたからだ。 これはますますこれからつよくなっても弱まることはない。 この技術革新はいまや国のあり方を確実にかえることになる。 ITはまれにみる数百年来の大いなる技術革新だ。 国民はこれを手に入れてたかだか20年も経ていないのだ。 http://www.new-life-club.com/bizdoor/ 4/11 関電、今夏も節電要請…大飯再稼働でも (文中敬称略) 2012年4月10日(火)15時50分配信 読売新聞 現在の民主党は2年半前のインチキ公約で詐取したインフレ議席を背景に 強い判断が出来ないで、電力業界にクリンチして虎の威を狩るキツネのようにオドオドしている。 この関電問題は増税と並んで見てる間に、この政権を二分する見解を党内で孕んできた。 それを間接的につよく刺激し促したのは橋下維新の会だ。 関電のこれ見よがしの政権べったりの再稼働要請はまさにこの土手の一角が崩れなば全国の再稼働待ちの原発が止まるの焦りが増幅して国民よりもこの無定見政府を揺さぶっている。とくに問題はいまだこの大事故の真実の原因が究明中なのにただ電力不足を脅迫のトリガーに使う電力、とりわけ東電といま関電は政府行政官庁の経済産業省と慌てて泥縄の再開への手続きを糊塗しているが、頭隠してケツ丸出しの不細工な格好はもともと格好つけにはとくにうるさい労組のオッタテニヨルこの政権としては見苦しいほどの整合性の無さだ。 加えて関電も工程表なる耳触りのいい検査体制予定を急ぎ短時日で経済産業省とのいつもの談合によって促成制作したが、その中身たるやこのさき2-3年にも亘らない将来の対策であってすぐの危機には何ら対応できないシロモノなのに、中身のことはうすうす分かりながらも包装紙だけで対策完了のお墨付きをあわてて差し出す政府はもう定見も識見の打っちゃっての現状肯定で、はやく幕を下ろしたいだけの見え見えの始末。さすがに党内でもこれでは国民の批判はかわせぬとの危機感が上がってきた。いつもの泥縄民主の典型パターンの臭いものにフタで鼻をつまんで遁走スタイルだ。 ところが今回だけは先送りが夏の電力不足をインチキにも謳う戦術には事実を糾弾する声が一層強い。 とくに株主権を行使したい関西広域連合の各府県はこの6月に焦点を絞っての関電との対決は政府行政にも向けられて、さながら若狭湾地域で第一次政府軍と関西広域連合軍の初めての交戦かつばぜり合いが起きるのは避けられない。 増税は審議継続で無理である法案成立での先延ばし予想が独り歩きしだしたが、こと原発は国民の安心安全に直結するだけにこの頼りない政府とあからさまな既得権益産業の電力はその面子にかけても死守するのと、これに対抗する反政府運動にもなりつつあるこの問題はこの政権に次の強烈なパンチを繰り出さんとしている。 それにしてもこんな時には自民党は民主に対する事務的手続き的な混乱批判ばかりで本質論には沈黙して物言わぬ無党派を装っている。電力の過去のばら撒き効果がいまだ効いている野田。とにかく国民生活に直結するアイテムは昔から政治問題しやすくその扱いは難しい、米・食料品などの騒動は歴史によくあるはなしだ。 まさに電力は日々に直結している。維新の会が国政レベルで政府と交戦する初めての出会いだ。 興味は尽きない。これは戦いである。ぼうっとしている方が負けるのだ。しかし大阪はいまは丸腰だ。権力と現実力を持つ政府と電力の方こそその間違いを自ら糺せるかどうかを静かに見られているのだ。 http://www.new-life-club.com/bizdoor/ |
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4/10 大阪は今、すでに反政府の風格。 (文中敬称略) 消費税・原発の現今の2大政治テーマに対して、政府の目の上のたんこぶに大阪が座っている。 維新の会はあたかもいまは政府批判の一大拠点になりつつある。 もうこれは為にする批判勢力の一時的な切り捨てや恫喝、擦り寄りではてんでに歯が立たない。それほどに興味や好奇心の段階はすでに通り過ぎている。おととしに維新の会は出来ていまはまだ2年そこそこだ。 明らかにその雰囲気の中身は納税者に応えきれていない大衆の怒りがそこにはある。とくにさきの民主の政権交代選挙の裏切りに起因するところが大きいのだ。誰だってだだでさえこのくそ忙しい毎日のなかで、政府が空気のように信用できるものであればどうしてカネにもならない時間潰しでぶつぶつ言う必要があろうか。 とにかく御輿を担いでるのに、担ぐ振りしてぶら下がっているのが余りにも勝手なことをしているのがみーんな癪に障るのだ。 貧しいのが問題ではないのだ。 貧しさにいつとはなしの序列がついていることに大衆は苛立っているのだ。もういまはIT時代だ。 機械のITにはウソはない。 さすればこの中間事務段階だけの合理化を図ることだけでも膨大な情報伝達コストと情報公開スピードが速まるのだ。この間に無駄な人間の無駄な配置と無駄な介在を許している官とその亜流の準官組織に巨大な浪費があってすべての国民に帰すべき重要で且つ貴重な情報が情報のラインから隠されている非効率と非公開性だ。 もともとそのことを暴き公開する仕事の一番必然性の高い行政・マスコミ・学者がいまはこぞって大衆の反対側に黒子で隠れてしまっている。 大阪維新の会はそんな何かおかしいと思う軍団の老若男女の、とくに若い世代の人の曖昧模糊としたこの国への不安の心の道しるべになっているのかもしれない。 それはもう昔、大阪にもあった一向宗の怒りの一揆運動にも見える。 どうやら一旦火がついたこの乱は傍観者である者たちには驚くほどのマグマエネルギーを飛び出せて世の中を焼き尽くすまでは火の牛軍団のようにちょっとやそこらで留めようがないかもしれない。 東日本のひとのブログにこの大阪の維新の会を批判して橋下が市長の権限を越えて国政レベルに口出しするのは許せないとあった。 東北のひとには申し訳ないが、この人の良さがいままで東北の我慢の悲劇をどれほどうんできたことか。 ひとはある程度の我慢はしても際限なくそれ許容することは悪徳にもひとしい。 立つべき時は立つようでなくては人でない。 とくに人でなしの圧政は納税者として立場からは いまは限界を超えていると見做すのは間違いではない。 これはもう感覚の問題である。 http://www.new-life-club.com/bizdoor/ |
